チャン・ヒョク Just... Jang Hyuk (장혁-fc2)

チャンヒョクが大好きです。除隊の日から毎日綴っています[Since 2006/11/15]/楽天Blogからfc2に移転[transferred, 2008/04/17]  ☆no hyuk,no life☆ zoi

Kstyleが翻訳Up!! 2年半前の10asia.com チャン・ヒョク(チュノ)インタビュー

2012
03
Kstyleが翻訳Up!! 2年半前の10アジア チャン・ヒョク(チュノ)インタビュー
  

Kstyle が翻訳Up!!  2年半前の10asia.com チャン・ヒョク(チュノ)インタビュー



■チャン・ヒョク 「『チュノ』はイ・テギルの成長ドラマだ」
■チャン・ヒョク「僕のキャラクターはまだ成長が止まっていないと思う」


Kstyle に感謝。 心から感謝。
ありがとうございました。

Kstyleと言えば、おもな韓国芸能ニュースを現在ではinnolifeより早く、日本語の記事にしてくれる日本のポータルサイトである 、という認識しか持っていなかったので、先日 ※ 2年半もの前の10アジアの記事を突然 掘り起こして 日本語翻訳記事としてアップしてくれたことに驚きましたが、 本日、先日の10アジアの記事の続きの2本の記事を翻訳アップしてくれました。

10アジアの記事やインタビューは一般の芸能ニュース検索ではヒットしませんし、日本のポータルサイトが翻訳アップしてくれることは過去ありませんでしたので、実は、先日の記事に関してKstyleに感謝の気持ちを伝えると共に、あの記事は3本セットであることを伝え、ちゃっかり続いての翻訳をお願いしたのです。
が Kstyleからの 返事は 「古い記事の掘り起こしに関しては、予定がたてられないのですが、ご意見参考にさせていただきます」.... であったものですから、期待するのは無理かな? でいたので なお更に今日の2本の翻訳記事アップはうれしかったのなんのって!!

自分では ちゃんと翻訳して綴っておけなかった当時のインタビュー記事、こうして ちゃんとした日本語(笑)で読ませていただけて ありがたい限りです。 
大事にしていた10asiaの記事3本。 でもちゃんと訳せずにいた記事。 これがポータルサイトの翻訳でこんなにきちんとした日本語で綴っておけるだなんて、うれしくてうれしくてたまらない。
取り上げてくださったK Style、そして翻訳してくださったナ・ウンジョン様 ありがとうございました。






韓国チュノ初放送の第5話か6話が放送になっている時のインタビュー記事です。
勿論チュノ撮影まっただ中 でのインタビュー。
10アジア2010年2月9日 3本立ての記事のその②のとその③です。 (その①は こちら※ )

その①はインタビューではなく、取材した記者によるオリジナルの記事なのですが、これがまた素晴らしかった!
優れた記事、優れたインタビューとして 記憶に残っていくものは雑誌のロングインタビュー記事に多いのですが (※韓国の記者によるものに限る) いずれにせよ優れた記事は、インタビュラー(ライター)が 目の前にいるチャン・ヒョクという俳優にその時感じたものを記者の言葉で綴っています。 目の前にいたチャンヒョクという人物をなんとかして読者に伝えようとする記者の文章は、読み手にまでそこにいたかの如く その時のチャン・ヒョクを感じさせてくれます。

ただの Q&A 方式でもインタビュー記事として立派に成立するのですが、私は 取材した記者が 感じたその"感じ"を 加えた記事が 好きです。 

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10asiaの元記事  2010年2月10日 (2/9記事が翌日一部修正されました。)
① http://10.asiae.co.kr/Articles/new_view.htm?sec=people5&a_id=2010020911170601198
② http://10.asiae.co.kr/Articles/new_view.htm?sec=people5&a_id=2010020911175809714
③ http://10.asiae.co.kr/Articles/new_view.htm?sec=people5&a_id=2010020911185014686



元記事配信日時 : 10asia- 2010年02月10日09時00分
記者 : カン・ミョンソク、写真:イ・ジニョク、編集:イ・ジヘ、

  チャン・ヒョク 「『チュノ』はイ・テギルの成長ドラマだ」
               K Style 翻訳:ナ・ウンジョン 2012.08.03 11:19
               http://news.kstyle.com/article.ksn?articleNo=1937829&categoryCode=IV 


「武術に関してなら少しは話せるが…」
インタビューを始める前、チャン・ヒョクはまるで武術にかなりはまっているアクションスターのように話した。 しかし、インタビューが終わる時には、チャン・ヒョクにとって武術に関して話すということは、自分の演技と人生に関して全てのことを話すのと同じ意味であることが分かった。
武道家の悟りの原点が武術であるように、チャン・ヒョクは演技をしながら自分の人生を突き進んでいた。 彼は武術を演技に溶け込ませてキャラクターを理解し、分析しながら、自分の人生を振り返る。  そのため、チャン・ヒョクがKBSドラマ「チュノ~推奴~」でテギルを演じるということは、過ぎた人生の全てをキャラクターに注ぐのと同じことである。テギルを演じながら、彼が得た悟りがどんなものであるかを確認してみよう。



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―「チュノ~推奴~」のシナリオを初めてもらった時、どうだったか。

●チャン・ヒョク●
最近は、ジャンルの境界線がなくなっていると思う。 「第9地区」のような映画も、一本の作品の中でSF、アクション、恋愛や政治風刺などが全て入っているじゃないですか。 今はジャンルよりも視線や形式、視点の方が重要だと思う。
「チュノ~推奴~」も同じだと思った。一般的に、ドラマは主人公がストーリーを引っ張っていき、助演たちは背景にあるという感じだった。 しかし、「チュノ~推奴~」は「バンド・オブ・ブラザース」のように様々な人物がそれぞれのストーリーを持つように思えた。 ここではテギルの話をしているけれど、違う所ではきっとまた違う話が展開されているみたいな。それぞれの立場によって事件を見る視線が違うけど、ストーリーにおいて焦点が違うだけで似ているストーリーがバランスよく流れるみたいな形だったので、みんなが主人公でありサブにもなるドラマだと思った。



______________「皆がただその時代の中で暮らしていく民衆たち」


チュノ


―そのため、「チュノ~推奴~」はキャラクターに関するストーリーではなく、1つの世界に関するストーリーだと思える。

●チャン・ヒョク●
僕もそう思って、個人的には「チュノ~推奴~」のエンディングにドキュメンタリー形式の映像を付けて、この世界を客観化したいという望みもある。 最初は1人のキャラクターの視点で主観的に始まったが、最後を客観的に終えたら、この世界をありのまま見せることができると思う。 映画「ファンサンボル(黄山ヶ原)」が好きだけど、その作品では住んでいる地域によってそれぞれ違う方言を使う。 そのように、ただ視点だけ変えたのに、これまでの時代劇では見たこともない現実を見せてくれたことがその映画が好きな理由だ。
「チュノ~推奴~」もそのような作品の1つだと思う。



―だとしたら、「チュノ~推奴~」はどんな世界を描いたストーリーだと思うか。

●チャン・ヒョク●
ドラマの最も重要なポイントは民衆だ。 人々がその時代の歴史に影響を受けながら暮らし、その人々の歴史が今まで流れてきたという観点からストーリーを始めたのが「チュノ~推奴~」だと思う。 テギルも身分制度のせいで愛する女性と結婚できなかったし、家も没落した。その後、チュノ師(推奴:逃亡した奴婢を捕らえ連れ戻す役)になり、両班(ヤンバン:朝鮮時代の貴族)出身にも関わらず、中人(チュンイン:両班と平民の間の中間層の人)であるチェ将軍と賤民(センミン:最下層の身分とされた人)であるワンソンと一緒に行動する。そのため、「チュノ~推奴~」の中のキャラクターは善と悪の区分がない。 皆がただその時代の中で暮らしていく人だからだ。



―テギルを時代的な状況が作り出した人物だと思っているのか。

●チャン・ヒョク●
僕が一番好きなキャラクターがドラマ「黎明の瞳」のチェ・デチだが、チェ・デチは歴史的な状況のせいで人生が変わってしまった人物だ。 もし、日韓合併がなかったら、徴兵されなかったら、従軍慰安婦のユン・ヨオクに出会わなかったら、彼は共産党員にならなかったはずだ。 この人に理念なんかない。 ただ、生きていく中でどこかに属していなければならなかったし、彼も知らないうちに彼についていく人々ができただけだ。 

テギルもチェ・デチと同じだ。 テハは大義名分をかけて闘争するし、奴婢たちは生きるために団結して“奴婢たちの世界”という理念を学習する。 しかし、チュノ師たちは理念など持っていない。 ただ、奴婢を捕らえることでその1日を生き延びることができて、その間ごとに消えた恋人、オンニョンを探しながら生きていく。 そんな中で、他のチュノ師に奴婢を取られないためにただがむしゃらにやっていたら鬼のようなチュノ師になり、チュノ師の中でも1位となる。 オンニョンを探し出すことができなかったら、たぶんそんな風に毎日を生きて、ある日、ある町で剣に刺されて死んだかもしれない。




―しかし、テギルが時代の流れに押し流されながら生きるだけと言うには、彼は非常に複雑なキャラクターである。 「チュノ~推奴~」でテハは真っ直ぐで正しい人、ワンソンは軽い人だと言うことが出来ても、テギルは一言で表現できないキャラクターだ。 天下のならず者であるが純情派でもあり、軽薄だが真面目でもある。

●チャン・ヒョク●
テギルは両班層で生まれたが庶民の間で暮らしているから、平等に関する理念が心の中にできそうな人物だ。 そのため、そのような感じを根底にしてテギルを演じる。 そして、庶民になった後、テギルは生きていくために必死だった。 喪中の家の喪主が泣いている途中でもお腹が空いたらご飯を食べるというのに、テギルは言うまでもないと思う。 ほとんどの日々は食べていくことに精一杯だったはずだし、ある日は笑ったり昔話もしただろう。 そのため、普段生活している彼と彼の精神的な部分を取り出して表現できたら、テギルならではの特徴が表れると思った




―テギルならではの特徴って何だと思う?

●チャン・ヒョク●
たとえば、チョン・ジホは本当に残酷だ。 チョン・ジホは人を殺した直後も泰然とした声で部下を呼ぶことができる。 しかし、テギルは実力は彼より上だが、性格は彼とは違う。 奴婢を捕らえるチュノ師だが、奴婢を助けたりもする。 それは彼が優しいからというより、その日はただ気分がいいから、昔のことが思い浮かんだから、助けただけだ。 もし、その日気分が悪かったら助けなかったかもしれない。 
チュノ師のイ・テギルの中に両班家の息子であったイ・テギルが残って、かろうじて野生のけだものにはならずにいる。 どのような人物というようにコンセプトを決め付けるより、そのような人生の中で、状況の中で感情通りに動いている。

_________「テギルはいい人とか悪い人ではなく、ただ純粋な人だ」


チュノ




―状況により、言葉遣いにも変化を与えているようだが、チュノ師同士で気軽に過ごす時はリズムに乗りながら話すように感じた。

●チャン・ヒョク●
それは監督と脚本家の先生に許可を得て試してみたことだ。 テギルの雰囲気を生かせることができるなら、それが正解だと思ったから。 テギルが両班家の息子であった時は間接話法を使った。 父親が好きな女性がいるかと聞いたら「いないです。そんな人」と言いながら、心の中では父親が気づいてくれることを願うような話法である。
しかし、チュノ師のテギルは自分で話さなくては生きていけないから直接話法を使う。 そんな中、彼に様々なことが起こって口論をすることも多い。 その時、相手が重要なポイントを話す瞬間、その言葉を切って彼が話し出したら相手はそれ以上話せなくなり、相手を制圧することができる。 そうするためには、リズムに乗って話す必要があると思った。
しかし、演技や話術より、気を使っている部分は目つきだ。 テギルの目はいつも力が抜けている。 重要なことではないと、視線も斜めにして対象を見る。 そのように彼は普段、感情を隠して、節制して暮らしているから。



―その目つきがテギルが悲しく見える理由だと思う。夢や希望を諦めて、普段はぼーっとしながら生きて行こうと自分で決めた人のように見える。


●チャン・ヒョク●
その部分において、映画「ウサギとリザード」の出演経験がテギルを理解するのに役立った。
その作品で僕が演じるキャラクターが希少病を持っていていきなり明日死んでもおかしくない人だったが、そのため、他の人はその人の考えを予測することができない。 他の人はその人を不幸だと思っているけれど、本人はいつもそんな状況で生きてきたから昨日今日、明日も同じである。 今日だけが存在して、世界に意味を付けることなんかしない。 テギルも彼と同じだ。 オンニョンを探すため、今日も出動して、明日も出動する。 それがイ・テギルの純粋さだと思う。 いい人とか悪い人ではなく、ただ純粋な人だ。




―それでなのか、テギルは妙に子どもっぽいところがある。仕事面では銃に撃たれたその短い瞬間にも正確に状況を判断するが、他の部分ではチェ将軍の方がおとなしい。

●チャン・ヒョク●
そうですね。 仕事のうえでリーダーはテギルだが、精神的にはチェ将軍が引っ張っていく。 そして、テギルがそんな性格を持つことで、チェ将軍やワンソンと一緒に1つのスペクトルでそれぞれの光の色を持つことができる。 それぞれ違う姿を持つキャラクターが調和する感じが大事だ。 そして、テギルを演じながら一番悲しかった時は、第1話でカン画伯が描いたオンニョンの絵を見るシーンだった。 人相書を作らせるが、とりあえず10年前と同じ姿で描くように強く言う。 オンニョンは10年前の彼女じゃないといけないし、自分が見た最後の姿でないといけないとテギルは思っているから。 しかし、オンニョンを見つけたとしても、テギルはその後、どうすればいいか分からない。 ただ、絵を見る瞬間だけは嬉しくなるから、その絵を持ち歩いて、古くなるとまた作らせる。 このようにテギルは両班家の息子であったその時の記憶に捕らわれている部分がある。




―それでは、テギルはオンニョンを見つけ出せば、その次のステップを踏むことができるだろうか。 今は、オンニョンと別れたその時から彼の人生が止まっているようだが。

●チャン・ヒョク●
それは少し違う。
僕の立場から見たら、「チュノ~推奴~」はイ・テギルの成長ドラマだ。 人間は大人になってからも成長するが、テギルの場合はそれがコミュニケーション方法での成長だと思う。 テギルはまだ子どもっぽく、他人とコミュニケーションがうまくできない面がある。 しかし、テハをはじめ、数多くの人々とコミュニケーションをとりながら少し変わっていると思う。 僕は寂しい、悲しい、痛いなどの1つの感情ではなく、その全てが積もった感情で変わるんだ。 だから、テギルが少しずつ変わっていると思う。




―そのように、キャラクターの内面に深く入り込むためには時代に関する分析が必ず必要だと思う。時代に関してはどんな準備をしたか。

●チャン・ヒョク●
以前、「大望」をやった時も、商人を演じるから、その時代の貨幣や行商人、京江商人(キョンガンサンイン:朝鮮時代、漢江を中心に活動し、繁盛した商人)のような内容を勉強したように、今回も基本的な内容の資料は見た。 演技のアドリブをするにも、それらの内容を知っておかなければならない。 そして、歴史的には中国の明から清に変わる時代で、そのため、社会は混乱していたに違いない。 そんな中で、両班の立場からは自分の所有物である奴婢たちの逃亡が頻繁に起こるから、彼らを捕まえるチュノという職業ができた。 チュノ師はその時代の一種の傭兵でありながら探偵でもある。 足跡をたどり追って、必要な時は戦うから。








元記事配信日時 : 10asia- 2010年02月10日09時00分
記者 : カン・ミョンソク、写真:イ・ジニョク、編集:イ・ジヘ、

   チャン・ヒョク「僕のキャラクターはまだ成長が止まっていないと思う」
                  K-Style 翻訳:ナ・ウンジョン 2012.08.03 11:19
                  http://news.kstyle.com/article.ksn?articleNo=1937830&categoryCode=IV


―テギルの武術も歴史的な背景やテギルの環境を考えて決めたのか。テギルとテハの武術スタイルは明らかに違う。どのようにアプローチしたのか。

●チャン・ヒョク●
アクションは武術を担当する方々が作るけれど、僕はアクションで見せたいと思う部分があった。 アクションと演技は繋がりが必要だし、俳優は自分がやるものについて方向性を持つべきだから。 それで、監督や武術監督に相談しながら武術デザインをやってみたいと話した。
「チュノ~推奴~」での武術の意味はキャラクターを見せる演技の一部だから。テハやチョルンがやっているのは伝統武術で、宮中で形と枠が組まれている武術をするとしたら、僕みたいなチュノ師は街の中で生き残るために武術を身につけたから、スタイルが違うのが当たり前だと思った。 それでいて、チェ将軍とワンソンとも違ったスタイルである必要があるし。

「どんなにアクションがかっこよくても、感情を変に表現したら素敵には見えない」


チュノ



―そういう部分が知りたかった。テギルは両班(ヤンバン:朝鮮時代の貴族)の息子出身だから、武術をちゃんと教わったことがなかったはずだと思ったから。テギルの武術はコンパクトで素早く、実戦性が目立つ。チャン・ヒョクさんが修練中であるジークンドー(截拳道)のように。

●チャン・ヒョク●
戦場で教わった武術と街中で教わった武術は違う感じを持つ。そして、当時の街は人が剣を持ち歩いた場所で、特にチュノ師の仕事をするというのは命を外に出して歩いているのと同じだ。そのため、毎日のように命がけで戦ったら、武術の形というものを持つことはできない。手に持ったものが長剣でも短刀でも石でも関係なく、戦って生き残ることだけが何よりだ。だから、チョン・ジホは石で人を殴ったりもする。テギルも全てのものを使うことが出来る必要がある。どんな状況に置かれるか分からないから。そして、両班の息子であった時は、安定した環境に恵まれて決まりきったことばかりやっていたが、生存のためには残酷さを持つことも必要だ。だから、雰囲気や剣を持つ姿から、少し夜叉のような感じもする。また、逆剣(剣を反対側に持つ姿勢)を取る時もあるし、剣を持っているが気軽に台詞を言う時もある。 それほど、剣と一緒に生きてきたという感じが必要だ。 そのため、僕がやっているジークンドーと似ているように思われる。ジークンドーは決まった枠組みを退け、本質的には生存するための武術だから。




―剣を持つアクションはどのように教わったか。

●チャン・ヒョク●
以前、乱切りの技を教わったことがある。 そして、ジークンドーでは武器は武器とみなされない。 剣を手に持ったら、武器を手にしたというより僕の手が長くなったという意味だ。 そして、僕が「チュノ~推奴~」でやっている武術は、正確に言うとジークンドーでなく、詠春拳である。 詠春拳はブルース・リーが教わった拳法だから、護身術としてたくさん参考にした。そして、歴史的にも詠春拳は「チュノ~推奴~」の時代以前に厳詠春という人が創始した拳法だから、その時代に使っても考証(描いている歴史的な過去の様子が、史実として適正なものか否かについての検証)も問題ないし



―しかし、ドラマだから実戦性だけを強調するより、視聴者に見せる部分も考えなくてならなかったはずだが、その部分の調整はどうだったか。

●チャン・ヒョク●
実戦なら一発で終わらせなくてはならない。 それができないなら、戦わない方がいいし。 しかし、ドラマだからビジュアル的に印象に残るようなアクションをデザインすることが必要となる。 その意味で詠春拳の護身術が役立った。 そして、テギルが武術を修練する時に使うこけし人形も当時、清にそのような人形があって清と朝鮮は交流があったから、テギルがそれを参考にして作ったと思って設定した。 ここ10年間のテギルの修練方法を見せる必要があったから。 武術を演じる時、重要なのはそのような細かい部分だ。 一方、ビジュアル的にアクションをデザインするのは技術面である。 しかし、アクションを本当にかっこよく撮っても、感情を盛り込む部分を疎かにに表現してはいけない。 テギルが武術をやる時、どんな過去と感情からそれを使っているかを理解して表現する必要がある。



―クァク・ジョンファン監督がチャン・ヒョクさんについて「アクションに感情を乗せる」と話したのがそのような部分であるようだ。

●チャン・ヒョク●
これは、ボクシングの試合と似ていると思う。 24ラウンドの中、選手がいくつのパターンを持ち、どのラウンドで力を入れ、どこで抜けるか。 ただ、アクションをやるのでなく、その流れを考えながらやらなくてならないと思う。 もちろん、監督も監督なりに全体的な流れの中で、それぞれの放送回でストーリー進行の速度を調整するし。


「今も1つずつ重ねている過程にあると思う」 


チュノ


―そういうところから、テギルはチャン・ヒョクさんがこれまで重ねてきた人生の結果のように思える。ジークンドーを習って、DVDを集めながら映画を見てキャラクターを分析したこれまでの人生の結果。

●チャン・ヒョク●
「チュノ~推奴~」に出演する前、どんなターニングポイントがあったのかと何回か聞かれたことがある。たぶん、軍隊や結婚、子どものような部分を考えて質問したと思う。もちろん、それは人生の大きな部分ではあるが、自然に流れていく物事の一つでもある。 いきなり変わるものではなく、自然に流れて重ねていくものだ。 今、35歳になって「チュノ~推奴~」に出会い、最も多くの物事を作品に注ぐことができたとしたら、「プランダン 不汗党」の時は、ただただそうするしかなかった作品だと思う。


―DVDをずっと集め続けている人の言葉らしいと思える(笑) 以前、公開したDVD棚を見たことがあるが、その棚は集めていく楽しさを知っている人が1枚ずつ集めている棚のように見えた。

●チャン・ヒョク●
人の部屋を見たら、その人がどんな人なのか分かるという言葉もあるように、僕のスペースに何をどう飾ったらいいかを考える。 ただのインテリアだと意味がないから。僕のスペースの中にあるDVDや本、フィギュアの1つ1つは、全て僕が見て、感じて、僕だけのおもちゃになるものだ。 そのため、自分に合う範囲を決めるのも重要だと思う。 所蔵をすることも大事だが、見られる分量や範囲を探すことが必要だ。



―そのため、映画も毎日一本ずつ見ているのか。映画を一本見終わってから、次の作品を10分くらい見て寝るという話を聞いたが。


●チャン・ヒョク●
10分だけ見たら、次の日、その映画の内容が気になってまた見るようになる。 1日に3、4本くらい見続ける時もあるし、DVDは撮影する時も持っていく。 面白い作品はもう一度見て、オーディオコメンタリー(映画の解説や実況中継などの音声プログラム)も聞く。 ちなみに、運動器具や本も撮影現場に持っていく。



―そのような生活がチャン・ヒョクさんの演技において、どんな影響を及ぼしているか。「ワンルンの大地」から「ありがとうございます」、そして「チュノ~推奴~」まで、チャン・ヒョクさんは新しいキャラクターを演じることより、キャラクターの内面をより深く表現することにフォーカスを合わせているように見える。

●チャン・ヒョク●
例えば、僕がジークンドーを1日に3日分練習したとしても次の日休んだら、それは次の2日分をやったことにならない。 休んだのはただ休んだことになるから。 だから、頭の中で複雑に考えなくていい。 そして、そのように演技も気楽にやろうとしている。 作品を撮影する時、常に何年間も演じ続けていれば、経験も腕も重ね続くものだと思う。 いつか、キャラクターのデザインもやってみたい。 それはあるキャラクターが与えられたら、それに細工してキャラクターを立体的に作り上げることだ。 そんなことに興味を持っている。



―これまでチャン・ヒョクさんが演技経験を積んできたことでジークンドーのように人生の経験も重ねながら、テギルまで来ることができたと思う。テギルがチャン・ヒョクさんの俳優人生の中で1つの区切りをつけたような感じもするが、気分はどうか。

●チャン・ヒョク●
なぜ演技をするかと聞かれたら、キャラクターを表現するのが面白く、キャラクターに躍動感を吹き込むことが面白いからだと答えたい。 僕が演じるキャラクターはまだ成長が止まっていないと思う。 それはキャラクターの性格を土台にして、成長ストーリーを見せてくれると思う。 そして、キャラクターの中には僕に関するいくつかの記録も残るはずだ。 様々な役を演じながら、僕の個人史ができて、誰に出会おうとそれがまた僕に違う影響を及ぼすと思うから。そのようなものが流れていく中で作り上げるのが、僕の演技だ。 そのため、今も1つずつ経験を積み重ねている過程にあると思う。







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